これまでも、これからも
伝統を守りながら進化を続け
お客様に寄り添った熊野筆をつくる
これまでも、これからも
伝統を守りながら進化を続け
お客様に寄り添った熊野筆をつくる
熊野町/広島
2024.10.30
広島県西部に位置する熊野町。伝統工芸技術を用いた熊野筆の産地として広く知られています。
今回訪れたのは、その熊野町で化粧筆を中心に筆づくりをする株式会社 竹宝堂。2代目・竹森鉄舟の名を冠した「カネボウ鉄舟コレクション」など、化粧品メーカーのOEM商品を多数手掛け、そこで培ったノウハウを生かして自社ブランドも確立しています。
竹宝堂の工場を見学させていただきながら、代表取締役社長の竹森臣さん、取締役専務の竹森祐太郎さん、取締役常務の地岡政夫さんにお話を伺いました。
竹宝堂の特長である「揉み出し」を実践する竹森社長
今回お話を伺った臣さんは竹宝堂の3代目。初代の一男さんは臣さんにとっては祖父に、2代目の鉄舟さんは父にあたる。親子3代で技術を継承しながら、今日まで熊野町で筆づくりをしてきたことになる。
初代の一男さんが筆づくりを始めたのは1952(昭和27)年のこと。人形の顔を描くために生まれた細い筆・面相筆の穂先づくりを家内工業とするようになったという。
その後、鉄舟さんが2代目を引き継ぎ、昭和30年代頃になると化粧品メーカーの依頼で化粧筆の穂先づくりにも取り組むようになった。当時日本の大手化粧品メーカーでは筆を使った化粧法を導入し始めていた。新たな化粧筆をつくるにあたり、面相筆づくりで培われた技術を持つ鉄舟さんたちに、白羽の矢が立ったというわけだ。
そこから熊野の化粧筆は、長い年月をかけて国内外のアーティストから評価されるようになり、2000(平成12)年頃にテレビで取り上げられると、女性を中心に一般消費者からも人気を集めるようになる。
現在、熊野筆事業協同組合には法人と個人合わせて70を超える会員がいるという。また竹宝堂も約100人の職人を有するまでに成長している。
動物の毛(写真は松リス)を使った筆づくり
竹宝堂でつくられる筆は、灰リス、シルバーフォックス、ヤギ、イタチなど、動物の毛を使ったものが中心。動物の毛は「主に中国で食用などとして利用された副産物」だと地岡さんが教えてくれた。
動物の毛を使った筆づくりは「①混毛(用途に合わせて、異なる2種類以上の毛や長さの異なる毛を混ぜる)、②精毛(逆毛や先が切れた悪い毛を間引く)、③コマ入れ・揉み出し(穂先の形をつくる)、④金具どめ・軸づけ」の流れで行われる。一部機械を使う工程もあるが手作業が主体のため、全工程で熟練の技術を要する。
「どこもこの流れに沿ってつくりますが、竹宝堂として特にこだわっている部分もあります」と臣さん。その一つが、コマ入れ・揉み出しの工程だ。
コマとは穂先の形状を整えるための木の筒。底を残して中がくり抜かれており、毛を入れて振動を加えると、毛先が穴底の形に合わせて筆状にカーブする。
毛先を切って形をつくれば簡単なのではないかと素人は思ってしまうが、それは言語道断だそう。毛先が切れていない「先のある毛」でつくられた穂先は、肌あたりが滑らかなのはもちろん、化粧品が中に入り込みやすく肌に乗せた時の発色を良くできるという。そのためコマ入れは、こだわるべきポイントなのだ。
コマで整えられた穂先は、揉み出しという工程を経てさらに滑らかになる。穂先の根本を手でくるくると揉むことで、外側の毛を下にずらす工程だ。こうすることで、カーブの始まりにできる角が取れ「どこまでいっても先がある」滑らかな穂先ができるという。
妥協せずにこだわり抜くことで、より高品質な化粧筆をつくっているわけだ。
「どこまでいっても先がある」以外にも、竹宝堂の化粧筆にはこだわりが詰まっている。軸のデザインはその一つだ。ピンク色の可愛らしいものや、蒔絵が施された高級感のあるものなど、複数のデザインがある。
軸のデザイン開発にはOEMでの経験が生きているという。「例えば日本では可愛らしいデザインが、海外では高級感のあるデザインが好まれやすいと、化粧品メーカーさんから教えてもらいました」と臣さん。新たな視点を取り入れられたことで、よりお客様のニーズに寄り添った化粧筆をつくれるようになったそうだ。
穂先づくりから軸づくりに至るまで、こだわりと技術力の高さを感じさせる竹宝堂。そのことを伝えると「他社も同じように努力していて、うちが特別というわけではありません。でもうちは値段は少し高いけどね」と臣さんは笑った。
冗談混じりに言っていたが、価格を高めに設定しているのはそれだけ自信があるからだろう。そしてその価格でも竹宝堂の筆が選ばれ続けているのは、多くの人を満足させられているからに違いない。
「どこまでいっても先がある」竹宝堂の化粧筆
現在、竹宝堂の自社ブランド商品の売り上げは安定しているという。しかしOEMに関しては減少傾向。動物愛護の観点から合成繊維の化粧筆を求める化粧品メーカーが増え、天然毛を使った化粧筆の需要は減ってきているのだそう。
こうした世の中の流れを受け、竹宝堂では合成繊維の化粧筆づくりにも乗り出している。「熊野筆に使われる天然毛は食用などの副産物。いろいろな考え方があるとは思いますが、私たちは動物を毛まで大切に使うことは意義のあることと考えています。でも化粧品メーカーから合成繊維を求められるならそちらも手掛けます。需要に合わせて模索しながらやっているところですね」と臣さん。
一方で臣さんは、天然毛を余さず使うことの大切さについても広めていきたいと考えている。実際に、自身が理事長を務める熊野筆事業協同組合では、動物園で飼育されているライオンから落ちた毛などを使って筆をつくる案も出ているという。子どもたちにも天然毛を大切に使った筆について、理解してもらえれば嬉しいそうだ。
天然毛の是非が問われる昨今、熊野筆は一つの転機を迎えているのかもしれない。しかし竹宝堂は時代に即したやり方で、これからも素晴らしい化粧筆を私たちに届けてくれるはずだ。これまでもお客様に寄り添うため、伝統を守りながらも進化し続けてきたのだから。
その他の特集記事
人、まち、社会の
つながりを進化させ、
心を動かす。
未来を動かす。