日本酒文化を未来へ繋ぎたい。
新たな着眼点で
ぶれずに思いを形にする
日本酒文化を未来へ繋ぎたい。
新たな着眼点で
ぶれずに思いを形にする
呉市・神石高原町/広島
2024.07.03
呉市にある久比港からフェリーに10分ほど乗ると、人口わずか10数名の離島「三角島(みかどじま)」に到着します。温暖な気候と海からの潮風が運ぶミネラル分により、美味しい柑橘が実ることで知られる地です。
そんな三角島に今から9年前、ある企業が設立されました。三宅紘一郎さんが代表取締役を務めるナオライ株式会社です。ナオライでは「多様で豊かな日本酒文化を未来に引き継ぐ」という理念のもと、無農薬レモンを使用したスパークリングレモン酒「MIKADO LEMON」や、日本酒からピュアなアルコール分だけを抽出して熟成を可能にした新感覚のお酒「浄酎(じょうちゅう)」などを展開しています。
三宅さんにナオライの歩みやお酒づくりにかける思いについて、本社がある三角島を訪れ、お話を伺いました。
三宅さんと共にフェリーで三角島へ
三角島の港から1分ほど歩くと、古民家を改修した本社屋にたどり着く。コーポレートカラーの浅黄色が印象的な暖簾をくぐって中に入ると、部屋の一角に円形のテーブルと不揃いな椅子が並べてある。多様な人々が円卓を囲って語り合える場を創出したいという思いで作りこまれているそうだ。この一室を見るだけで、三宅さんの思いとナオライが進んできた道が垣間見える。
三宅さんが日本酒に興味を持つようになったのは自然な流れだった。親戚が呉市内で酒蔵を営んでおり、幼い頃から日本酒業界を身近に感じていたからだ。
ここ40年ほどで日本の酒蔵は1/3程度にまで減少したという。日本酒業界の近くにいた三宅さんがこの状況に危機感を抱くのは当然のことで、大学時代には「自分の人生は日本酒を世界へ広めるために使おう」と思うようになった。
足がかりとして目をつけたのは日本酒の輸出が増えていた上海。上海に渡った三宅さんは、9年にわたってお酒の営業に携わり、その中で「地域の特色×日本酒」の反応が良いことに気づいた。そこで自らブランドを立ち上げたいと思い、2014(平成26)年に帰国。1年かけて起業の術を学び、2015(平成27)年に広島県呉市の三角島でナオライ株式会社を設立した。
社名の「ナオライ」は、神事の後に行われる直会(なおらい)という宴が由来となっている。神霊の力を分けてもらうため、神前に捧げたお酒をおろして参加者でいただく宴だ。
「直会ではお酒が価値のある使われ方をしています。『多様で豊かな日本酒文化を未来に引き継ぐ』ことを掲げる私たちの会社にぴったりの名前だと感じました」と三宅さん。思いを込めて名付けたナオライで、三宅さんの挑戦が始まった。
出身地である広島県でナオライを設立するにあたり、「地域の特色×日本酒」を実践しようと考えた時、真っ先に思い浮かんだのは特産品であるレモンだった。さらにその中でも三角島を選ぶことになったのは、偶然レモン畑のオーナーと出会ったからだそう。レモン畑があると言うオーナーに連れられて、三角島を訪れた三宅さんは「柑橘の木がたくさんある豊かな景色を見てワクワクした」という。迷わずこの地を本社にすると決めたそうだ。
こうして三角島の畑を引き継ぎ、レモン栽培を始めることになったナオライ。2017(平成29)年には栽培したレモンの果汁と純米大吟醸を使用した、スパークリングレモン酒「MIKADO LEMON」をプロデュースし、呉市にある酒蔵の三宅本店に委託醸造という形で発売した。
「MIKADO LEMON」の大きな特徴は、無農薬栽培のレモンを使用していること。ナオライが栽培したものはもちろん、無農薬栽培を行う他の農家さんから仕入れたものもある。
無農薬にこだわるようになったのは、三角島でレモンを栽培したことがきっかけだという。「今まで全く意識がなかった自然への思いが湧いてきたんです。農薬を使う、使わないで、生態系がどう変わってしまうのかを考えるようになりました」と三宅さん。
「生態系を構成する誰もが搾取されることのない、つくればつくるほど豊かになるビジネスモデルを目指せないか」そんな思いから無農薬栽培にこだわり、無農薬栽培を行う他の農家さんからも一定額で仕入れをするようになったのだ。
生態系の中には人も組み込まれている。無農薬レモンの出荷先をつくることで、多くの農家さんに「誰も搾取されないビジネスモデル」について目を向けてもらえればと考えているそうだ。
スパークリングレモン酒「MIKADO LEMON」
最初の商品となる「MIKADO LEMON」を発売し「誰も搾取されないビジネスモデル」を実践するようになったナオライ。その間も三宅さんは「多様で豊かな日本酒文化を未来に引き継ぐ」という思いは変わらず強く持ち続けていた。
そんな思いを形にすべく2019(令和元)年に発売したのが「浄酎」。日本酒を「低温浄溜(40℃以下)」という独自技術で浄溜した他に類を見ないお酒だ。日本酒はアルコール度数が高くないため、時間が経てば経つほど風味が損なわれてしまう。一方で「浄酎」は低温浄溜によりアルコール度数が41度と高くなるため、時間が経てば経つほど丸く深みを増す。ウイスキーのように熟成を楽しめるのだ。
「浄酎」の要となる低温浄溜は、レモンの皮を有効利用できないかと蒸留技術を学ぶ中でたどり着いたもの。「この発想に導かれた時は、胸が熱くなりました」と三宅さんは言う。低温浄溜の技術でさまざまな酒蔵の日本酒から「浄酎」をつくることができれば、ナオライの目指す「多様で豊かな日本酒文化を未来に引き継ぐ」ことにつながるのではないかと考えたのだ。
現在「浄酎」は、主に広島県内の酒蔵が醸造する日本酒を使用してつくられている。今後は県外の酒蔵とも広く連携し、その土地ならではの風味を表現していく予定だ。
日本酒を低温浄溜した他に類を見ないお酒「浄酎」
設立から9年が経過したナオライ。「『誰も搾取されないビジネスモデル』という考えに至ったのも、『低温浄溜』の発想が生まれたのも、事業を創業期から伴走してくれた仲間や三角島に連れてきてくれた方、そして蒸留技術を教えてくれた方がいたからです。さまざまな方に出会い、応援していただけたからこそ今のナオライはあります」と三宅さんは9年を振り返る。
そんな三宅さんに今後の展望について伺うと「ぶれない思いで日本酒を軸にやっていきたい」と力強い言葉が返ってきた。
「多様で豊かな日本酒文化を未来へ引き継ぐ」ことや、「誰も搾取されないビジネスモデル」を確立することはたやすくないだろう。「ナオライはスタートアップの役割を担えればと思います。小さな一歩でも私たちがモデルとなって、こんなお酒の使い方がありますよ、無農薬栽培がありますよと示していきたいです」と三宅さん。
ナオライの取り組みが派生して、新たな何かが生まれ、文化をつくっていく。その未来には、直会の宴のようにお酒と親しむ人々がいるはずだ。
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