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呉市/広島

港町・呉で誕生した日本初の純国産万年筆
「品質のセーラー」として妥協のない製品を届け
手書き文化を支え続ける

呉市/広島

岡本 英士_セーラー万年筆

2025.03.05

日本初の国産万年筆を生み出した「セーラー万年筆」。1911(明治44)年に広島県呉市で創業して以来、機能美を極めた筆記具の数々を手掛けています。手書き文化を支える先駆者として、世界で唯一「21金製」のペン先を用いた万年筆なども製造。金の含有量が高いペン先は弾力性に富んでおり、実際に文字を書いてみると、万年筆独特の柔らかなタッチを存分に堪能できます。

今回訪れたのは、呉市内の天応駅から徒歩15分ほどの場所にある「セーラー万年筆 広島工場」。一般の方に向けた工場見学を実施しており、1本ずつ丁寧に生産される万年筆の製造工程を間近で見ることが可能です。セーラー万年筆株式会社 広島工場長を務める岡本 英士さんから語られたのは、一切の妥協を許さないものづくりへの思いや、呉の土地性と密接に関わるセーラー万年筆の歴史。1本の万年筆の向こうに、さまざまな物語が見えてきました。

呉市天応町にある工場は、上空から見るとペン先の形をしている

※現在の呼称は「広島工場」

厳格な品質基準のもとで丁寧に製造

万年筆の製造を一手に担う広島工場。ペン先となる合金の圧延や、切れ目を入れてインクの道を作る「鋸割(のこわり)」、先端にある玉形状の部分を研磨する「玉仕上げ」などの作業が丁寧に進められていく。驚くべきは手作業の多さ。基本的な製造工程は創業当初より変わっておらず、見学者の多くが「これほど手を掛けて作っているとは」と感嘆するそうだ。「機械化が進めばコストも抑えられるのでしょうが、精緻な技術を機械に伝授しきれないんです」と岡本さん。各工程を熟練の職人たちが担い、その手感覚によって、機能的で美しい万年筆を作り上げる。

ポイントとなる工程はすべて全数検査を挟みながら進んでいく。ペン先調整の後は薄いインクを使用して、1本ずつ筆記確認も行うという。書き味にこだわった万年筆づくりの姿勢も創業当初から変わらない。「品質のセーラー」と称される所以だろう。それにしても、これほどオープンに一連の作業を見学できる工場も珍しい。技術の結晶ともいえる広島工場の内部を披露して問題はないのか尋ねると、岡本さんは「これらの技術は、そう簡単に盗めるものではないと思います」と答えてくれた。セーラー万年筆が受け継いできた高い技術力と、ものづくりの姿勢。その本質に迫るべく、同社の歴史についても伺った。

工場内を丁寧に案内してくださった岡本工場長

呉の土地性に結び付いた純国産万年筆誕生秘話

セーラー万年筆の歴史は、創業者である阪田久五郎と万年筆の出会いから始まった。戦艦大和の建造で知られる「呉海軍工廠(くれかいぐんこうしょう)」に勤める友人が英国留学土産として、久五郎に万年筆をもたらしたという。筆のように逐一墨を付けずとも、スムーズにインクが出てくる万年筆。衝撃を受けた久五郎は国内未開発の分野であった万年筆製造にいち早く着手し、数年に及ぶ試行錯誤の末、日本で初めて純国産の14金ペン先を生産するに至る。

セーラーという社名も軍港都市・呉にちなんだものだ。久五郎は自ら手掛けた製品を船に乗せて広く海外へ届けたいと願いながら「船を動かすには一人の提督よりも多くの水兵(セーラー)の力が肝要」との思いを込めて、商標をセーラーとした。久五郎の開拓者精神もまた、交通の要衝として長く大陸文化を受け入れてきた呉の土地性を反映したものといえるだろう。セーラー万年筆が呉で誕生した背景には、一種の必然性があった。

日常使いしたい書き心地の良さが魅力

舶来の品に日本特有の技術力と美意識が加わり、唯一無二の筆記具として成長を遂げたセーラーの万年筆。一般的な14金・18金よりも柔らかい21金製のペン先を採用するなど、書き心地の良さが強みだ。よくしなる同社の製品は日本の文字に見られる「とめ・はね・はらい」を美しく演出してくれる。万年筆にハマる人たちはその書き味にほれ込み、文字を書くという行為自体に楽しさを見出すのだという。

岡本さんに万年筆選びのポイントを尋ねると「初めて万年筆を買い求める際は、やはり店頭で書き味を確認するのがおすすめですね」とアドバイスしてくれた。1本ずつ手間暇を掛けて仕上げられる高価格帯の筆記具だからこそ、製品ごとの個性が際立つのだとか。セーラーの万年筆は公式オンラインショップ「セーラーショップ」などでも購入可能だが、まずは地域の万年筆専門店で試し書きしてみて、自分に合った1本を探すのもいいだろう。

特別感のあるアイテムゆえに、一つのステイタスとして所持されることも多い万年筆。しかしながら、本来は日常使いしてこそコンディションが保たれ、長く愛用できるのだという。「もっと万年筆を気軽に使ってほしい。一度使いだすと本当に書き味が良くて、手放せなくなりますよ」と実感を込めて語る岡本さん。万年筆を通じて、手書きの魅力を改めて見つめなおしたい。

工場内には、大正時代から現代までの万年筆を展示するショールームが併設されている

手書き文化を伝えゆくツールとして

セーラー万年筆のコーポレートアイデンティティに触れると、上質な万年筆を提供し続けることへの責任感に加え、手書き文化を伝えゆきたいとの思いが強く感じられる。デジタルの時代だからこそ、それぞれに個性的で書き手の思いまで汲み取れるような、手書き文字の温かみを実感してほしい。セーラー万年筆は「万年筆=人々の感性をゆさぶる道具」と捉えており、表現の喜びを味わうためのツールとしても、万年筆を活用してほしいと考えている。こうした願いを体現する製品として、筆記角度により線の太さを自由に変えられる「ふでDEまんねん」といった製品も提案。書くのではなく「描く万年筆」という切り口で、万年筆画などに重用されている。

近年はインクの色が増えたことから、若い世代の女性を中心に、万年筆とカラフルなインクをセットにして複数所持する人も多いそうだ。時代に即した新たな付加価値と出会いながら、人々のこだわりに寄り添い続ける万年筆。その需要はにわかに高まりつつあるという。

セーラーショップでも購入できる「ふでDEまんねん」

呉の地で育まれた万年筆を世界へ

岡本さんに今後の展望について伺うと、万年筆の国内シェアナンバーワンを目指しつつ、海外市場も視野に入れた取り組みに注力したいとの答えが返ってきた。培った技術をさらに磨きながら、メイド・イン・ジャパンの品質を世界へ届けたいという。併せて、1本数十万円クラスのよりラグジュアリーな万年筆も打ち出したいとのこと。万年筆の幅広い可能性と向き合って「本物」の製品を作り続けていく。

改めて広島工場の内部に目をやると、若い職人たちの姿が多く見受けられた。工場で働く人たちの7割ほどが呉市に住んでおり、親子2代にわたり製造に携わっているケースもあるそうだ。呉の地で育まれた万年筆が今後どのような展開をみせるのか、楽しみに注目したい。

なお、工場見学の詳細については「工場見学のご案内」ページにて確認することが可能。穏やかな瀬戸内の海と山に囲まれた広島工場へ足を運び、奥深い万年筆の魅力に触れてみてはいかがだろうか。

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