地元への思いを軸に
賑わいを呼ぶお酒を手掛ける
「やまぐちシードル」の歩み
地元への思いを軸に
賑わいを呼ぶお酒を手掛ける
「やまぐちシードル」の歩み
山口市/山口
2024.03.12
新山口駅から車で5分ほど。国道9号を経由して住宅街へ入ったところに「やまぐちシードル」の販売所があります。一見すると普通の住居ながら庭に面した日当たりの良い窓の向こうには商品のサンプルが並びます。キジ猫と共に笑顔で出迎えてくれた女性が代表を務める原田尚美さんです。
こちらの場所で生まれ育った原田さん。大学進学を機に関西へ出て一度は地元を離れたものの「地元・山口市の魅力を体感できる場所を作りたい」とUターンしました。その後、山口市阿東の特産品「徳佐りんご」と出会い、やまぐちシードルの企画販売を行うことに。シードルとはりんごでできたスパークリングワインのことです。
起点となったのはワインが好き、地元の魅力を知ってほしいというシンプルな思いでした。そこからさまざまな経緯があり現在に至ったといいます。2024(令和6)年9月1日には5周年を迎えるやまぐちシードル。この節目のタイミングにやまぐちシードルのこれまでと現在地、そしてこれからの展望について語っていただきました。
瀬戸内海を背景にUMIシードルとYAMAシードル
学生の頃は都会への憧れを募らせていたという原田さん。大学進学以降は関西で暮らしたが、次第に「自分にしかできないことを仕事にしたい。自分の一生の仕事って何だろう」と考えるようになった。気になることがあればチャレンジしながら自問する日々。その結果「ワイナリーを作りたい」と思い至る。
もともとお酒は好きだった。加えて「コミュニケーションの中心にあるお酒」としてのワインに強い魅力を感じていた。ワインが好きという共通点があれば職業・年代・性別の違う人たちが自然と繋がることができる。そして、コミュニケーションの場が生まれていく。「すごく素敵なツール」であるワインを自分で作りたい。小規模の醸造設備を持つ「ガレージワイナリー」の存在を知ったこともあって思いは強まった。
直売所も兼ねている原田さんの実家のリビングで
ワイナリーに目を向けた当初より「地元で仕事がしたい」という思いも抱いていた。かつては何もないように感じられた地元・山口だったが外に出たからこそ気付けた良さもある。食材が新鮮で食べ物が美味しく気候もいい。都会に比べれば何もないかもしれないが「何もない良さ」があり心が落ち着く。もっと山口の魅力を発信して関西の友人やたくさんの人たちに遊びに来てほしい。そう考えていた折に「地域おこし協力隊」の募集案内を目にした。
地域おこし協力隊とは都市部から地方に移住した人材が地方自治体の委嘱を受けて地域力の維持・強化を図る取組のことだ。山口市の地域おこし協力隊が提示していたミッションは農村におけるビジネスモデルの構築。協力隊に参加することとなった原田さんの「山口でワインを作る」という夢が現実味を帯びてきた。やまぐちシードルの原料となる糖度の高い徳佐りんごにも協力隊の活動中に出会った。
市役所の活動で訪れた徳佐りんごの農家。そこでりんごの栽培について学ぶうちにシードルの存在を知った。それまではぶどうを植えてワインにしようと考えていたが、ワイン市場の状況なども鑑みて方針転換。「山口の食に合うお酒で地元に賑わいの場を作る」というゴールを見定めて、今の自分にできることから始めようと行動に移した。
リンゴの生産と酒の醸造を委託。プロの力を借りたうえで自らは企画販売に専念しようと決めた。当初のビジョンを現実に落とし込みながら歩みを進める。こうしてやまぐちシードルが形作られていった。
コンセプトは山口の食に合うシードル
現在は辛口の「UMI(海シードル)」と甘口の「YAMA(山シードル)」を軸に、完熟前のりんごをうまく活用した限定商品「KAZE(風シードル)」や、「徳佐りんご100%ジュース」なども手掛けている原田さん。やまぐちシードルの商品は販売店とオンラインショップに加え、県内各地の道の駅や酒屋でも買い求めることができる。販路は協力隊時代の人脈などを通じて次第と拡大していった。興味を持った販売店から直接連絡が入るケースもあるという。
原田さんはこれまでの過程を振り返りながら、地域における人と人との繋がりに思いをはせる。農業・加工・流通などの各領域でそれぞれの人が役割を果たしていることを考えれば「地域内が一つの事業所」に見えるという。一人だけ・一社だけという視野ではなく、人々が関わり合い共存共栄してこそ地域が活性化する。自身も地域に根差した事業者として一緒に盛り上がりたいと意識している。
徳山駅北口ロータリーを背景に、KAZEシードル
2023(令和5)年は受賞ラッシュの一年だった。個人としては総務省「ふるさとづくり大賞」と山口県女性活躍推進知事表彰「女性のチャレンジ賞」を受賞。会長を務める女性任意団体もコープやまぐち「女性いきいき大賞」を贈られた。
やまぐちシードルの5周年を目前に控えて商品の定着も実感できるようになった。そこで改めて向き合おうとしているのが「山口の海の幸、山の幸を引き立てるお酒を提供する」という創業時からのコンセプトだ。今後はシードルに合う食材を併せて紹介するなど、より具体的な楽しみ方を分かりやすく発信したいと考えている。
加えてもう一つ楽しみなプロジェクトがある。5周年を迎える9月のオープンを目指して新たな販売所の準備を進めているのだ。場所は現在の販売所から歩いてすぐのところ。東京から移住してワイン検定の講師も務めるご主人がスクールを開くスペースも用意した。これから二人でワインラバーを増やしつつ山口の魅力を伝えていきたいと意気込む。
より長期的な部分では阿東をフィールドに楽しめるような場所を作りたいと考えている。農業体験したり、りんごのお花見イベントを開催したり。「阿東の楽しみ方を発信するコンシェルジュ的な機能を備えた場所にしたい」と熱く語る原田さん。そのしなやかでアクティブな姿勢を見ると長期目標すら近い将来に達成される予感がした。
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